詩人せいさんとの最初の出会いはホームページでした。「家族の絆」写真展を開催するために、私はどうしても路上詩人が必要でした。インターネットで「路上詩人」を検索すると数十件ヒットしますが、せいさんのホームページを見た瞬間この人しかいないと強く感じました。なぜか。今思い出し考えると、ホームページから「優しさ」を感じたのだと思います。
2005年6月1日から5日までお台場アクアシティで「家族の絆」展が行われました。来場者3万人。せいさんには延べ138組の家族に詩を書いてもらいました。何日目だったでしょうか、せいさんのの周りにオーラが見える。誰かがささやきました。見るとせいさんと家族を包みようにそこだけ陽炎のようにフワフワしていて、なぜかとっても暖かい空間がありました。どれだけ家族が泣いたでしょうか。どれだけの家族がせさんの言葉に心を動かされ、子供とは、父とは、母とは、家族とはと考えた時間だったと思います。
138組の家族にはせいさんが詩を書き終わったあと、スタジオで写真と撮影し、家族には写真と詩を一体にしたものをプレゼントしました。「一生の宝物です」何度も何度もお礼を言われ、ニコニコしながら帰られました。「家族の絆」展は大成功に終了しました。もしせいさんじゃなかったらこのイベントは成功しなかったかもしれません。心からありがとうを言いたい。せいさん本当にありがとう。また人を感動させたいですね。
私がせいちゃんと出会ってからもう4年になろうとしています。「農業の勉強がしたい!」そう言って、うちの主人に話を聞きに来ていました。何度かくるようになり、ある日、 初めて電話をかけてきたときのことの話をしました。受話器の向こうで必死で何か言おうとしているのに、まったく言葉がでない電話があったのです。私はいたずら電話か、あるいは、何か事件では・・・と思ってました。その日に、あの電話の人がせいちゃんだと知りました。
気づいたときは、すごくショックでした。あんなに普通にしゃべっていたのに、どうして電話では・・・。私は、このとき、始めて「吃音(きつおん)」という言葉を知りました。せいちゃんは、吃音に悩みながらも、性格はとても明るく、とても心のやさしい人でした。それに、精神的なこと、医学的なことも勉強していて、24歳なのに50歳ぐらいの人に思えました。でも、反面、すっごく子供っぽいところもあって、そこは可愛かったです。^^いろいろせいちゃんとたくさん話をしているうちに、「私は、いい嫁、いい妻にならなくていい!私は私だ〜!!」と、心の中でそう思うようになりました。それから、私は吹っ切れたように変わりました。今までになかった生き方をしています。
登山を楽しみ、ジャズライブに、コンサートにと、楽しいことが私の周りに次々とやってきます。また、不思議とそういう人が寄ってくるのです。でも、仕事はちゃんとやっています^^。それから、せいちゃんと出会ったおかげで、とてもうまくなった事があります。メールです。電話が苦手なことを知ったので、携帯メールでいろんな話をしました。今、せいちゃんは私の住んでいる町から姿を消しました。でも、何かが残っています。
せいちゃんの事を「風の人」という人もいます。この町に暖かい風を残して去っていきました。それは、これからせいちゃんが、もっともっと輝くために、仕方無い事と思っています。最初の「農業がしたい!」ということからは、かけ離れたことをしていますが^^それがせいちゃんですから、いいと思います。ずっと見守っています。ずっと・・・。
我が家とせいさんが出会ってから、5年あまりになるでしょうか。宮崎県綾町の自然農実践場に来たばかりのせいさんに、わたしが我が家の息子と娘の「家庭教師」と言う名の遊び相手をお願いしたのがきっかけです。自宅にいる事の多かった息子や心を許せる大人を捜していた娘といつも、真剣にそして笑顔で接してくれました。せいさんとの思い出を我が家は一生忘れないでしょう。人ひとりの力ってすごい。せいさんは、その日にあった様々な出会いや感動した事を、私たちに毎回伝えてくれました。そして、キラキラした瞳で、自分の夢を語ってくれました。そして、体一杯で遊んだ。日南の海に潜ったね。田んぼ運動会したね。尾崎豊を歌ったね。讃岐うどんを食べ歩いたね。阿蘇にのぼったね。いつも精一杯そして自分らしく「生きる」ことを、わたしたちにみせてくれました。本質的な事をできるだけ平易に語ってくれるのが詩ならば、彼の詩はそして生き方は、まさに詩そのものだと思います。嬉しい限りです。私たちに、難しい哲学のことばなんていらない。
上の息子は、彼と会って1年もしないうちに、高校そして大学に進み、娘は音楽の道に進むため本格的に勉強を始めました。迷いながらも一瞬一瞬を大切に、あらゆる出来事に感謝しながら生きてきたせいさんとの出会いがあって、今の我が家があります。閉じていた我が家にとって、せいさんそのものが、すべての「世界」への入り口でした。それは、我が家に生きている事の喜びを感じさせてくれる暖かい「風」でした。わたしがわたしのままでいいというメッセージは私自身をまず勇気づけてくれました。
出会ってくれて、ありがとう。
今、日本中を縦横無尽に動いて、優しさを精一杯届けているせいさんの「生きている様」を2人の子どもはじっと見ているし、これからも我が家は応援していきます。日本中に、せいさんのあたたかい「風」がゆっくりと届いていきますように心から祈っています。
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